What kind of dream do you dream when you are sleeping at midnight?




[[[もの思う真夜中]]]





 誰かが、扉を叩いている。こんな真夜中に。
 無視を決め込もうとするが、どうにもこうにも、一度気付いてしまうと気になって仕様がなかった。眠りたいのに。

 こんな穏やかな気分で眠りにつけそうなのは、久し振りだった。それを、よくも邪魔してくれて。下らない用事やらゴーストの類だったら、全くどうしてくれよう。

 しかし、大方そんなものだろうという諦めにも似た思いもある。
 何れにしろ、これから不快な一時を過ごさねばならない事を覚悟して、寝巻きのまま寝台から下りた。

 爪先でスリッパを探しながら、枕の下を探る。
 どうせ休暇中で自宅にいるので魔法の使用は許可されていないが、こんな御時世だ。万一に備えて、マホガニーの杖は離さない事にしている。
 最後にサイドボードにある眼鏡を摘み上げ、器用に片手でかけながら扉へ向かう。

 嫌々開けたドアの向こうにいたのは、予想だにしない顔だった。

「……シリウス」

 夏だというのにシーツをすっぽり被った姿で、ゆらゆら揺れる捩れた蝋燭の明かりを手に、色の無い顔をした彼が立っていた。

「なんだ、いるじゃん」

 小さな呟きは誰かに聞かせる為のものではなかったが、ジェームズの耳にははっきり届いた。オレンジ色の炎が、灰色の目に映り込んでモノクロの中に彩を加える。

 今度は相手に聞かせる為に、それでも、この夜の静寂を破るのを畏れるような小さな声で、

「…なぁ、入っていい?」
「かまわないけど…」

 扉を大きく開くと、白いシーツをズルズル床に引き摺らせながら長身が静かに入ってくる。きつくその端をを握った手は、気のせいでなければ少し震えているように見えた。

 それにしても、今更「いい?」も何もないものだ。休暇中ポッター家に泊まるなら、同じ部屋で眠らない事の方が稀だというのに。

 今日のように、わざわざ客間を使う事の方が珍しい。かといって、それが皆無というわけではなく、別に毎回そう盛り上がるものでもないという、ただそれだけの事だった。

 真鍮や銀で出来た三種類の錠を確り下ろして、下を向いていた視線はそのまま床を追う。シリウスは裸足だった。
 いくら夏とはいえ、石造りの廊下は冷たかっただろうに。
 場所によっては、踝まで埋まる程毛足の長い絨毯を敷いてあるが、華美を嫌う両親と自分だ。流石に全ての廊下や階段にまでそんな暑苦しいものはない。

 燭台を脇に置いてぼけっと寝台に座り込んでいる親友を驚かしたりしないよう、こちらも小さな声で話しかける。

「なんの用?」
「夜這い…」 

 という自己申告ではあるが、どうも残念ながら、そういった雰囲気とは程遠い。

 シリウスは片手は身に纏ったシーツを握り締めながら、空いた手で寝台に残ったままの体温を弄っている。つい先程まで人間が横たわっていたのだから、当たり前のように暖かい。
 指先に集中させていた意識を視覚に持っていけば、訝しげな相棒の顔が目の前だ。

「まさか、怖い夢でも見たとかいうわけじゃないよね」

 何処か惚けていた双眸に、炎以外の鮮烈な光が過る。

「違う!」

 馬鹿にするなと続けられ、いつも僕を馬鹿にしているくせにとやり返して。

 いつもと同じ筈なのに、何処かぎこちない。微妙に形の異なった歯車を、気付かないふりで無理矢理噛合わせているような。
 その証拠に、ほら。

 いつもは様々な表情を浮かべてくるくる変わる瞳の色が、見慣れない奇妙な静謐さと、驚きを通り越し、理解を超えた奇跡を見るような不思議そうな光を宿して不安定に揺れている。


 定まって変わらないのに、すぐにでも見失いそうな。


 無意識の動作なのだろうか。白い布の中から伸びた腕が、緩慢な動きで寝台のシーツをクシャクシャにして、皺を刻んでいく。

 その動作を、故意に曲解した。

「眠いの?」

 ジェームズに尋ねられ、シリウスは首を曖昧に振る。今は何よりも、このわけのわからない不安を鎮める事が先決だ。

 不安?

 そうか、これは不安だ。どうして、自分はこんなに息苦しいのだろう。
 一旦理解してしまえば、苛立たしさすら感じる。中途半端な感情は、突然自分が弱くなったような気がして、不愉快だった。

 それを悟られるが嫌で絡んだ視線を一方的に解いた。
 あのヘイゼルの目で、優しく見つめられるなんて我慢ならない。気色が悪い。

 逸らした視線を追う様に、暖かい指が頬に触れてきた。そのまま顎まで伝い下り、整えられた爪がくちびるを割ってこようとする。

「よせよ」
 気分じゃない。

「夜這いしに来たんじゃないの?」
「気が変わった。戻る」

 もともとそんな気はなかったくせして、よく言う。

 ジェームズは心の中で毒づいて、立ち上がりかける身体をそっと、だが強引に押さえた。
 まだ被ったままのシーツをゆっくり引っ張る。白い布に隠れていた漆黒の髪が半ばまで露わになった。左耳にいつもついている三つのピアスは、今は無い。

 寝台に蹲った彼の前に屈んで立っている体勢なので、自然、少しだけ見下ろす風になる。今までの努力の甲斐あって殆ど背丈は変わらないので、いつもは普通に視線が合う。
 しかし、今は意識しなければその淡い色の瞳を捕らえるのは困難だった。

 宥めるように、ポン、ポン、と形の良い後頭部を柔らかく叩いた。
 どうやらそれが気に障ったらしい。

「やめろって」

 眉間に皺を寄せ、シリウスは煩わしげに親友の手をはらう。

 相当ご機嫌斜めだ。本当に、一体何をしに、こんなに身体を冷え切らせてわざわざ真夜中訪ねて来たのだか。

 その疑問を閉じ込めておける程、今のジェームズの心は広くなかった。久し振りに気持ち良く寝つこうとしていた所を邪魔された上、やたら意味深な目つきで見つめられ、今更戻ると来たものだ。

 こちらは困惑し通しだというのに、こんな消化不良の感情を抱えたまま、その原因を帰してなるものか。

「やめない」

 その言葉が音声となって空気を振動させる前に、不意に長い腕で抱きつかれて、困った。

「……おい」
 今度は、ジェームズがやめろと云う番なのだろうか。
 この体勢は、かなり無理があって辛い。だが、力任せに引き離すには、相手の両腕は確り固定され過ぎていたし、何より彼自身がそうする事を躊躇った。

 布越しでもこれだけ密着すれば、嫌でもわかる。
 小刻みに震える相棒の身体をどう扱えば良いのか見当もつかず、せめて体重をかけ過ぎないよう、苦しい姿勢で耐えるだけだ。

「どうしたのさ?」

 返事は無い。

 いよいよ困惑して、仕方なく自分も相手の身体に腕を回す。そう体格差は無い筈なのに、今の彼は何処か頼りない感じで、何故か今にも壊れそうで怖かった。

 絹糸の質感の髪に指をとおせば、ひんやり冷たい。

 優しい動きを繰り返す親友の掌の感触を感じつつ、シリウスは目を閉じた。

 きっかけは、単なる下らない夢だ。
 歩いても歩いても辿り着けない砂漠のオアシスとか、誰か親しい人が居なくなるとか、笑えるくらい在り来りの何でもない悪夢だった。

 今夜に限って、どうしたことか臆病な自分は、誰かにそれはただの悪夢だよと、笑って断じて欲しくて真夜中に彼の寝室を訪ねたというのに、見透かされたのに驚き、馬鹿にされたのかと勘違いした挙句、益々不安になってしまった。

 全く、どうかしている。

 暖かな胸に顔を埋めれば、根拠のあやふやな不安など溶けて無くなるかと思ったのに。
 そもそもその発想自体が情けなくて、今更顔を上げる事なんか出来そうにない。

 逆に、相棒の体温が心地良く暖かな程、キリキリ胸を締め上げる不安感は肥大していく。絶対に自分はおかしい。

 それでもまだ抱きしめていたいなんて。
 
 早く言い訳して離れないと、ジェームズも困るだろうし、どんどん離れ難くなるだけだ。それでなくとも、脈絡の無い言動と行動で散々奇妙に思われていることだろう。

 そう云えば、もう言葉も途絶えて久しい。

 迷惑だろうか。
 呆れているだろうか。

 どちらにしても気まずい。
 どちらであってもなくても、今更かける言葉など思いつかなかった。普段、自分はどんな風に彼に接していただろう。思い出せない。

 早くこの状況を何とかしなくては。みっともない事この上ないし。とにかくこれ以上、彼に格好悪い奴だと思われるような事は避けたい。

「……悪ィ」

 どうにかそれだけ云って、腕を解こうとする。これ以上無い程に力を込めていた為、強張ったぎこちなさは如何ともし難い。
 カタカタ震えているのが自分でもわかって、ひたすら情けなかった。

 
 ――やっぱ、バレた、よな。この分だと。


 少しきつめに回されたジェームズの腕はまだ離れてくれない。あまり変な気を遣われるのは、嫌なのに。
 見上げた先の双眸に、どんな色が浮かんでいるか確かめるのを懼れて、俯いたまま、頼む。

「悪い。本当に、もう戻るから…」

 だから離せと続ければ、

「悪いと思うなら、このまま力を抜いてもいい?」

 と案の定不機嫌そうな声音が問う。多少、苛ついている様子でもあった。
 大人しくシリウスは頷く。

「好きにしろよ」
 その言葉に甘えて、ジェームズは全身から力を抜いた。遠慮無く。
 苦しい姿勢からやっと開放されたのだ。自分の体重に押しつぶされた親友が呻いても、お構いなしだった。

「…お、重いッ!!」

「半端な姿勢でずっと君に抱きつかれて、動くに動けない状況だったんだよ。おかげで、足攣りそうになったんだから。
 文句言わない」

 ドサクサに紛れて、相棒の身体に巻きついた白いシーツを引き剥がしながら、布越しの肌の敏感な部分を狙って手を這わせる。

「こ、こら……! 何処触ってッ!? よっ―― 擽った……!
 …ぶひゃ、ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

「下品な声で笑うなよ。萎えるだろ」
「か、勝手に…うはは、…な、萎えてろ! ぎゃははは!」

 的確に弱い所ばかりせめて来る手から逃れようと、必死に身を捩ったりもしてみるが、如何に体格差が少なかろうと圧し掛かっているのは、それなりに筋肉もついた重たい身体。ついでに、込み上げる笑いの波とも戦わなくてはならない。

 シリウスの負けは確実だった。
 彼にとってはとてつもなく長く感じられた数十秒後、やっとジェームズはシリウスを解放した。

「どう? 笑ったらスッキリした?」

 悪気の無い声で訊いて来る無神経さを呪いつつ、グッタリ敷布に顔を埋める。

「……お前、サイアク。人が、真面目に…」
「真面目に……何?」

 慌ててシリウスは自分の口を塞ぐ。夢を見て真面目に不安になっちゃいました、なんて口が裂けても云えない。云いたくない。

「別に、何も」

 極力目を合わさないように、奪い取られてしまったシーツを引っ張る。無事に取り戻せたら、即戻るつもりだ。
 しかし、奇妙な抵抗感を感じ、握った白い布の端から視線で辿れば、底意地の悪いニコニコ顔でその端はジェームズが確り掴んでいた。

「今更逃げるつもりかい? ミスター・ブラック」

 しまった。怒らせた。

「ジェ、ジェームズ…、だから、悪かったて。何でもないんだよ。うん、何でも!!
 寝てるトコ邪魔した俺が悪かった。な?」

 我ながら説得力に乏しい台詞だと思いながら、一生懸命宥めようとしてみる。
 機嫌を損ねた彼を放置して、後から報復に怯える事は避けたい。

 だからと云って、恐ろしいオーラの漂う邪悪な(少なくともシリウスにはそう感じられた)笑顔を直視する気にもなれず、あらぬ方向を向いて云うものだから、余計に説得力は低下した。

「何でもない、じゃないよ。シリウス」

 指が伸びてきて、前髪をくい、と引っ張る。思わず引かれるまま顔を向けてしまった。
 視線の先にあったのは、居心地の悪さを感じさせられる程の真摯さと、剣呑な怒りを孕んだ真剣な眼差し。


 ―この目に見られるのが、嫌だったのに。


「心配してるんだよ、僕は。」
「巨大なお世話だ、バカ野郎」

 小さく呟いたつもりの声を、確り聞きとがめられる。

「…何か、言った?」
「……」

 悔しくて、それでも絶対に云わないと頑なに唇を引き結んで無言で睨む。

 強情なのはお互い様だった。

 真夜中の薄闇の中、微妙な沈黙が降りる。

 先に折れるのは、大概ジェームズの方だ。諦めたようにため息を吐き、肩を竦める。頭を振って、眼鏡を外した。

「わかった、君には負けるよ。だって今夜の君ときたら…」


 あまりに不安定で、放っておいたら、壊れそうで怖かったから。

 云いかけて、ハタと止める。これ以上無用のいざこざを起こしそうな発言は控えるべきだ。怖いだなんて、笑い話にもならない。
 下手をすれば、血の雨が降るだろう。

「わかればいーんだよ。シーツ返せ」

 一体何がわかったのか、お互いその辺りの意味はぼやけていたが、幸いな事にさっさと寝直したいという思いは一致したようだ。
 相棒が掴んだ手を離すのを見届け、ズルズルと長い布を巻き取る。今度は被らず、両手に抱えて寝台から下りた。

 改めて見てみると、二人が暴れた所為でジェームズのベッドの上は滅茶苦茶だった。

 裸足でペタペタ歩く背中を、親友の声が追いかけてくる。

「スリッパ、履いて行きなよ。床、冷たいだろ?」
「別にどうって事ないって」
「そういうわけにも、いかないだろう」

 ゴソゴソ衣擦れの音がして、気配が近付いて来る。

「ホラ」

 足元に綺麗に並べられた、ネイビーブルーの一足のスリッパ。ここまでされて、履かないというのも、返って角が立つだろう。

「わざわざさんきゅ」

 スリッパに足を突っ込んでいると、楽しげな声が応えた。

「じゃ、御礼に抱きしめていーい?」
「え」

 また突飛な事を云い出した、と思う間もなく、相棒の腕に包まれる。柔らかく力を込めてくるそれは、大して不快でもなかったので、暫く好きにさせることにした。

 真夜中の暗がりに溶け込むような闇色の髪を梳きながら、壊れていない事を確認する。
 シリウスはもう、殆どいつも通りに口が悪くて、態度が悪くて、内面的な繊細さとは無縁の鈍感男に戻っているかと。

 気の済むまで…だとキリが無くなるので、心を残しながら体を離す。だが、まだその指は闇色の髪に絡まってすべらかな手触りを楽しんでいた。
「じゃ、俺からも御礼な。おやすみ、ジェーミィ」

 にやっと笑って、頬に軽く口づけ。友達同士の、親愛のキス。

 たったそれだけで、瞬間沸騰した相棒の心臓の血液など知らぬ気に踵を返し、部屋を出ようと扉に向かう。

 硬直したジェームズの指先から、闇色の髪がサラサラと零れ落ちた。

 
 三つの複雑な錠前に、不器用なシリウスがもたつく様を意地悪にニヤニヤ笑う心理的余裕が彼にあったかどうかは、定かではない。

 ただ、シリウスの方は、相棒に、

「良い夢を」

 と云われ、曖昧に微笑む程度の嘘の吐き方は知っていた。


「お前こそ」





 真夜中に再び静寂の帳が降りる。
 こんな穏やかな気分で眠れそうなのは、久し振りだったのに。




It laughs, and wants it to listen.
The dream which I dreamed was a terrible nightmare.



[[[MIDNIGHT]]]

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