─―たまには、俺が淹れてやるよ。



[[[ジュエル]]]



 いつもなら絶対自分から動こうとしない彼がそう言った途端、六本の視線がその顔に集中した。

「……んだよ、文句あんのかよ?」

 自分に集まる視線に疑惑と訝しむ気配を感じ取ったのか、不機嫌そうに鼻に皺を寄せる。ここでさっさとフォローをいれないと、たちまちむくれるのは火を見るより明らかだ。
 そうなれば滅多に拝めない彼手ずからのティータイムの飲み物を逃してしまうのは自明の理。リーマスは穏やかな声で言った。

「文句なんてあるわけないよ。ちょっと、驚いただけさ」
「僕も驚いたな。どういう風の吹き回しだ? 相棒」
「だよね。シリウスはお茶の時間、自分は何一つせずに椅子に踏ん反り返ってるだけだもんね」

 そうなのだ。
 大抵、一日に何度かあるお茶の時間に支度をするのはジェームズかピーターの役目で(リーマスは二人ほどお茶を淹れるのが得意ではなかった)、シリウスがポットに触れる事などまず無い。

 三者三様の言葉に益々むっとしたらしく、
「飲みたくねーなら、いーぜ、別に」
 塗装の剥げかけた机に置かれた白い皿のクランペットを摘みながら、引き寄せたポットを乱暴に押し戻す。陶器製のそれは、かしゃんと音をたてて砂糖壷とぶつかった。

「そんな事ないって。淹れてよ」
 柔らかな声色でリーマスがねだる。

「気に障ったなら、謝る。…おい、丁寧に扱え。割れて怪我でもしたら大変だ」
 ぶつかった衝撃で外れてしまった砂糖壷の蓋を拾い上げながら、ジェームズが顔を顰めた。

「ぼくもシリウスの淹れたお茶、飲みたいって」
 シリウスの斜向かいに座るピーターが、一生懸命首を伸ばして言った台詞に返って来たのは、否定の言葉だった。

「茶じゃあねーよ」
「え?」
「茶じゃなくて、珈琲」

 言って鞄から引っ張り出したのは、薄茶色の紙包み。

「それ、今朝梟便で届いたヤツか?」

 ジェームズが横から覗き込む。シリウスの不器用な指がもたついて団子結びをこしらえる前に奪い取り、紐を解いて包みを開いた。
 紙の上に、ざあっとこげ茶色の豆が広がる。

「…うわ、いい匂い」

 リーマスが言うと、嬉しそうに銀灰の目が細められた。

「だろっ? ジョイアってゆー珈琲」
「聞いた事ないけどなぁ。そんなの」

 ずびしとデコピンが入る。

「あーのーなー、ピーター!
 わざわざ俺がお前らに飲ませてやろーと思って、アルファード叔父さんから送って貰った珈琲豆に対するコメントがソレかッ? そんなのだと!?
 …知名度は高くないかもしんねーケド、宝石の別名を持つくらい絶品の豆だぞ?」

「とか言って本当は自分が一番飲みたいくせに」
 随分な剣幕の親友をを宥めながら、ジェームズは苦笑いだ。
 自分の血族の事を話したがらない相棒の口からさり気なく零れた、アルファードという名前を確り脳味噌に刻み付けつる。


 ありとあらゆる事に大雑把なシリウスだが、こと紅茶や珈琲、お菓子など特定の嗜好品に関しては五月蝿かった。馴れない手付きで頑張って淹れたティーパックのダージリンを、一舐めしただけで、

「こんな不味いモン飲めるか馬鹿!!」

 と、机ごとひっくり返されたのをジェームズ今でも憶えている。
 因みにその技は日本で言うところの『卓袱台返し』なのだが、生粋のイギリス人である学年首席はそんな事は知らなかった。

 不味い茶を飲むくらいなら、そこら辺の井戸水でも飲んだ方がマシ…らしい。


「そんなに美味しいなら、ますます飲みたいな。
 淹れてくれるんでしょ?」

 鳶色の瞳を煌めかせ、期待を込めて言う。そう言えば、珈琲豆の事を赤い宝石なんて呼ぶ事もあったけな、と思いながら。
 根が単純で長男気質なシリウスは、持上げられながらお願いされると弱いのだった。






「…珈琲はアラブではカーファ、『チカラの実』ともゆーんだぜ?」

 黒髪の少年は上機嫌で薀蓄をたれながら杖を振る。本当はマグル式で淹れた方が旨いんだけどな、と薄く笑って。
 ホグワーツの忘れられた古教室の一角に広がる濃厚な豆の匂いと、食器同士がぶつかる僅かな音。
 立ち上る湯気も、芳醇な香りを放っている。

 濃いけれど、透き通るような色合いの綺麗なブラウン。
 豊かで味わい深い、柔らかな甘みを引き出す酸味。
 珈琲の薫り高さは、そのままどれだけそれに丹精が込められているかを表す。

 その点、シリウスの用意した珈琲の品質は流石に申し分無い。


 これで、外はカリっと中はモチモチの焼き立てクランペットと他愛ない話に興じる友人がいれば完璧だ。


「それではどうぞ召し上がれ、ミナサマ」

 ふざけてわざと給仕のような態度でカップをサーブして席に着く。


「…そうだなぁ、まあ結構イケるかな」

 エラそうに言う相棒の言葉にだろ? とシリウスは満足げに笑う。
 それから、向かいでカップの中身をかき回している親友の姿に、眉根を寄せた。

「……リーマス、お前砂糖入れすぎだぞ!」

 何も入れずに飲んだ方が美味しいのに。はっきり言ってあんな大量に砂糖なんかいれても、風味を損なうだけだ。

「苦いかなぁと思ったけど、何も入れずに飲んでも美味しいよ?」

 ピーターの言葉もどこ吹く風とリーマスはスプーンに山盛り5杯砂糖をぶち込んだカップに口をつけ、ニコリと笑った。

「凄く美味しいね。シリウスはこーゆーの苦手かと思ってたんだけど」

「…そんな風に褒められても嬉しくねぇ。大体、もとの味なんかわかんのかよ?」
「シリウス…リーマスは甘けりゃ何でも美味いんだって」
「あはは、ジェームズの言う通りかも」
「それってぼくが味覚音痴みたいじゃないか、ピーター」

 親友達の口さがない物言いに、リーマスの表情が不機嫌そうに少し翳る。
 口達者な親友が珍しく舌戦で不利な様子を面白そうに眺め、シリウスが冗談っぽくニヤリと笑んだ。

「え? 違うのか?
 俺が淹れてやった珈琲の味をわからなくして飲みやがるし。もうお前には珈琲淹れてやらねぇからな、俺」
「え〜!!」

 ショックを受け瞠目したリーマス・J・ルーピンの素っ頓狂な叫び。
 彼らだけの秘密の部屋に笑い声が弾けた。









 他愛ない、本当に他愛ないホグワーツの日常。
 ずっと続くと思っていた、ずっと続けばいいと思っていた日常。

 誰も知らない4人だけのティータイム。
 内緒で調達したお菓子を囲んで悪戯を企む馬鹿騒ぎ。

 どうしようもなく下らない事が大切だった。

 似たような、けれど毎日違うやりとりを何度も何度も繰り返した。


 どんなに他愛なく下らない、それだけに胸躍るような毎日でも二度と訪れることはない。

 それ自体には何の偽りもないキラキラ輝く宝石みたいな時間達。
 やがて思い出いう名の宝物になり、闇を照らし続ける光となるだろう。

 きっと、いつまでも。



[[[Jwel]]]


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