[[[曖昧一途]]]




「こら」

 上の空の瞳を覗き込んで、ぺちぺちと頬を叩く。

 灰色の虹彩が薄いまぶたの向こうに二、三度見え隠れして、ぼんやり焦点を結んだのを確認し、そっと睨む。

「何、考えてた?」
「……おまえのこと」
 まだ何処かぼけた焦点のまま、間髪入れず人を喰ったような返事。

「うそつけ」
 実際、喰われる側の彼は、さっきから気もそぞろで、到底目の前の相手のことを考えているとは思えなかった。
「ほんとだよ」

 すぐさま否定し、不機嫌そうに目つきと唇を尖らせる。その唇に軽くキスして、
「だったら、嬉しいんだけど。考え事なら、別の時にしなよ」
 機嫌をとるように、淡く、笑う。その表情とは裏腹に、触れた肢体にきつめに爪を立てた。

「――いッ!」

 突如走った刺激に、体が不随意の痙攣を起こす。片腕を回して縋りつき、もう一方の手で強すぎる刺激の元を除こうとしているらしいが、それは叶わず切れ切れに声があがった。

 ……別にこれは、ココロから始まった関係ではないけれど、こうしてる時ぐらい、その相手のコト考えるのが礼儀ってものなんじゃない?

 目元を染めて、潤んだ瞳が怒ったように睨み付けてくる。かえってそれが、煽る結果になるとも知らずに。
 見つめ続ければ、自分の擦り切れた理性なんてあっというまに無くなってしまうのは判っていたから、目を閉じて、今度は深く口付けた。いささか乱暴に歯列を割って、舌を絡ませる。
 額を撫でるようにして前髪をかきあげれば、右耳が長い指に挟み込まれるのを感じた。

 くちびるを離す瞬間交わった視線はもう怒っていなかったが、かわりにひどく歯を立てられる。

 耳の後ろを柔らかく撫でられる感覚に目を細めて、肩に回された腕をそっとからめ、頭の上に縫い付ける。
 ちょっと不満げに何か発しかけた言葉は、加わった刺激により喘ぎに変わった。
 腕の内側に薄く浮かぶ血液の管をくちびるでなぞると、開かせた脚の爪先がシーツに皺を作る。軽く吸い付けば声がいっそう高くなり、きつく吸って痕を残すと、反り返った背中とシーツの間に隙間ができた。

 見慣れた普段の顔と違う、快楽に浸る恍惚の表情。

 これは恋じゃない。
 今、この行為には、多分そんなものは欠片も含まれてない。

 ただ、この顔が見たいだけ。

 いつもは高慢で、とりすましてるつもりの彼を、気のすむまで追い上げて思いきり乱してやりたい。

 首筋に唇を寄せる。熱い吐息が耳元をかすめる。
 繋いだ手の甲に食い込む爪。堪える必要のない痛みにさえ、どこか興奮する。
 握り込む指先に弾む体を押さえつけた。

「シリウス、ここ好きだよな」

 上腕の内側に軽く歯を立てて囁くと、否定するように激しく首が振られる。黒くてまっすぐな長い髪が、シーツに散った。
「そう? こっちの方が好きだったけ?」

 二つばかり残っていた釦を、両手を使ってばかに丁寧に外してみたりする。脇腹から撫で上げた掌で、突起を潰す。反り返る身体。

「……ぁっ、…おまえ、趣味、悪ィぞ…」

 おそらくもう限界が近いだろうに、上気した顔で思いっきりキツイ視線をぶつけてくる、気の強さがたまらない。
 自分は実は被虐趣味があるのかもしれないと自嘲混じりに思いつつ、わざと可能な限り優しい笑みを浮かべた。

「じゃあ、どこが一番好き? 教えてくれないとわからないんだけど?」

 彼から見れば、きっと随分人の悪い笑みに見えるのだろうと思いながら、耐えるように固く瞳を閉じてしまった相手の返答を待つ。
 何気ない仕草で髪を梳いているだけだというのに、その度に肩をはずませている。顔に浮かぶのは、苦悶の表情だ。

 ちょっと苛め過ぎてしまったかな?

 瞼の端に覗く涙に、少し可哀想になって、下半身を煽る手の動きを緩めた。
 うっすらと灰色の目が開かれ、何か言おうとしているのだろう、声を噛み殺しながら、口を何度も開いたり閉じたりして、息を継いでいる。まばたきを繰り返す度、透明な液体がひと筋、ふた筋と線を引いていた。


「……」
「ん?」
 微かに発せられた言葉が聞き取れなくて、口元に耳を寄せた。

「…っ!」
 思いがけない強さで耳朶を噛まれ、非難がましい目で相手を見遣れば、切羽詰まった視線が訴えた。

「――いつまで…焦らす、気だっ


 聞きとった言葉に頬を緩め、額に軽くくちびるを落とす。
 それから、更に互いの熱を煽る為、シリウスの下唇に噛み付いた。






「……んっ……、ッふ、…ぅ」

「つまんないから、我慢なんかしてないで、もっと声…出せよ」
 嘘だ。むしろ我慢しているのは彼じゃない。

「……つまらないなら、…やめればっ…ぁッ、いいじゃ、ないか」
「冗談」
「は…ッ、…こんなの、そこそこよけりゃ、誰と…だって、―あァッ!」

 縋ろうとする手を乱暴にはねのけて、一気に熱を煽った。高ぶる感覚とは別に、冷えた自分がいるのを感じながら。

 ああそうさ。その通り誰だってかまわない。コレは恋じゃない。恋なんかじゃない。
 ならば、縋る指先を無視して、キツイと泣く声を無視して、好き勝手に振舞ったところでモンダイ無いだろう?


「…まったく、君ときたら……、ほんと、僕を煽るのが、上手いん、だから……ッ」


 息が詰まる。
 戸惑うように彷徨う指先を、今度は優しく握りこんだ。
 長い睫毛の隙間から零れる綺麗な雫を、そっと舌で掬い取って味わう。

 ただ塩辛いだけの筈の罪の味に、どんな美酒にも劣らないだろう酩酊感が広がった。



 コレは恋じゃない。
 恋じゃないけれど、君のその喉のラインは、すごく、スキ。

 誰だってかまわない。


 そう言って、どうしてそんな辛そうに泣くの? それとも、そう見えるのは、僕の気のせい?

[[[Cry?]]]



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