(1)物にあたるな
―リンゴーン。
妙に可愛らしい響きの呼び鈴が鳴る。
手に持ったティーカップが、派手な音と共に内側から砕け散った。
「あっつ……!」
「けッ、自業自得だバーカ!!」
―リンゴーン。
「何がだよ、シリウスがやったんだろ!」
怒りに任せて呪文なしで。
少しはその傍迷惑な魔力、制御してくれ。
「テメーが意味不明な事抜かすからだ!」
「ドコがだよ!?」
―リンゴーン。
うるさいぞ、呼び鈴。
「最初から終わりまで、全部だッ!!」
「君の言う事の方がわけわかんないね!」
――ドッカーン!!!!
メキッ! バキバキバキ…!!
な、何の音だ!?
「君たち近所迷惑だよ…外まで聞こえてた」
「「リーマス!」」
「邪魔すんな!!」
「どうやって入って来た!?」
シリウスが一人で暮らすこのフラットは、マグルの鍵と高度な魔法技術がないと入れない筈なのに。
相棒の強固な守護魔法と結界に、いつも僕がどれだけ苦労させられているか。
「ちょっと粉砕呪文でね…それより、何の騒ぎ?」
「聞いてくれよ、リーマス! ジェームズがさ!!」
「シリウス…君の家のドアが壊された事はスルー!?」
壊してOKなら僕の苦労は一体……。
「ミルクは先って言うんだぜ!? 絶対後に入れるモンだろ!」
「いいや、先に入れた方が茶渋がつかないんだよ!!」
途端、今度はティーポットが割れた。
WEDGEWOODの芳しい香りが広がる。
カップもポットも、修復魔法で簡単に直せる。
けれど、零れてしまった紅茶はどうにもならない。
珍しくシリウスが用意してくれたのに…
リーマスがにっこり微笑む。
含みのある視線に込められたものは僅かな敵意か。
「…幸せそうだねぇ、君たち」
「「どこが!?」」
この後、粉々になってしまった玄関扉にシリウスが激怒するが、それはまた、別のお話。
(2)ちゃんと泣けよ
曇った笑顔なら見たくない。
何が辛い? 何が悲しい?
我慢は体に良くないぞ。
黙って胸貸せなんて卑怯だ。
まったく、しようのない奴だな君って男は。
僕がいないとまともに泣く事もできないのかい。
…ああ、わかった。わかりましたよ。
泣いてないんだよね、ハイハイ。
友よ、本音を言うと強がりなのか思いやりなのかわからない嘘の笑顔も嫌いじゃないさ。
ただ、それ以上に君の泣き顔が好きなだけで。
(3)無防備過ぎる
シリウス、頼むから少しは自分の容姿を考慮した行動と言動をとってくれ!
「読みたい本はこれか? 礼? いいって、ンなもん。
…あー、わかったよ。そこまで言うなら今度付き合う」
正直、僕の相棒を誘惑するのはとても簡単だと思う。
面倒くさがりのくせに面倒見がいいから、ちょっと困ったフリすれば楽に切欠を作れる。
さすが腐っても長男。
「…で、結局そのコの誘いを受けるのかい、君は」
「バタービール奢ってくれるって言うんだぜ? 断る理由ねーもん」
甘い!
君はシロップと砂糖入りのバタービールより甘い!!
僕の睨むところ、その女は十中八九ブラック家の財産と君の外見目当てだ!
例え一度限りの戯れにしても、君の傍にそんな下賤の輩が侍るなんて許し難い。
来る者拒まず去る者追わず。
多少選り好みはあっても、そのスタンスは御立派だよ。
いつか後ろから刺されるぞ。
特にああいう女は危険だ。
ヘンな病気でも持ってたらどうする。
そりゃ君は頑丈だからいいかもしれないけれど、僕やリリー(まだモノにしてないけどいつか必ず!)にまで回してくれるなよ。
いいかね、シリウス君。
彼女を作るなとは言わないから、僕の眼鏡に適う相手にしなさい。
「理由がないなら作ろう。いつ? 僕がぶち壊しに行く」
「はぁ? なんでテメーにんな事されなきゃなんねーんだよ!?」
相棒よ…いくら何でも不意打ちの石化魔法はあんまりだ。
ま、すぐ反対呪文で対抗したけどさ。
そしてああもう、頼むから談話室で一人うたた寝するのはやめてくれ!!
何だいその間抜け面!
ぶっちゃけ百年の恋も冷めるよ。
口の端からヨダレ垂れてるし!!
でも凶悪にそれが可愛いんだよ。
無防備に眠る様が男心をくすぐるんだよ。
決して僕の視神経がおかしいからじゃない! (と、思う)
「シリウス起きろ。皆見てるぞ」
「…や。あと5分」
寝ぼけてしがみ付いてくるのがのが愛しいな……じゃなくて。
万一寝込みを襲われたらどうする気だよ。
この僕が惚れてるんだ。あり得ない話じゃない。
いいかね、シリウス君。
お願いだから、自分の魅力をきちんと把握しなさい。
「馬鹿野郎」
「クソが」
「ざけんな」
君の口が悪いのはもう諦めた。
責任の一端は僕にもある。
気取った喋り方が面白くなくて、庶民的な罵倒語を吹き込んだのは僕だ。
…だからって、それを日常会話に取り入れまくるのは勘弁してくれないか。
君が心を許してくれるのは有難いし、とても嬉しい。
でも君の歯軋りの音や明け透けな寝言を知ってしまった事を後悔する事がある。
大口開けて涙目で欠伸するのはどうかと思う。
クシャミの度に豪快に唾を飛ばすのはどうかと思う。
君、結構わざとやってるよね?
その気になればいくらでも優雅に振舞えるのに。
シリウス、頼むから、ちょっとは自分が美形だという自覚を持ってくれ!!
(4)すぐ怒るのはよせ
「俺は悪くない!」
「誰も悪いなんて言ってないだろ!?ただもう少し穏便に…」
「リーマスみたいな事言うな!!」
という事は、我が最愛の相棒は我らが親愛なる監督生殿からもお説教を食らったわけだ。
淡々と、そして切々と表立って喧嘩沙汰を起こす事の愚を説き、いかに賢く効果的に闇討ちするかを諭す様が目に浮かぶ。
この様子ではとても納得しているようには思えないけど。
現在、グリフィンドール談話室を――否、ホグワーツを「また」あのシリウス・ブラックが激怒して医務室送りを3人出した、という噂話が席巻している。
「今回の原因は何?」
「俺、魔法は使わなかったぞ!!」
「人の話聞いてるか?」
「……」
一つ溜息。
「とにかく、拳が傷つくようなやり方はよせ。
シリウスが怒る様な事する奴相手に、君自身の血が流れるなんて不快だ。君自らの制裁なんてそんな下等な奴等には勿体ないよ」
「…何だよそれ」
「いいか、殴りたくなったら僕を呼べ」
教師にも監督生にもバレないよう、手をまわしてやる。
何なら君の代わりに手を下そう。
君を止められるのは僕だけだ。自惚れでなくそう思う。
そして僕を止められるのも君だけだ。そうだろう?
「お前がいない時はどーすんだよっ?」
「僕が来るまでせめて我慢しろ。ブラック家の元跡取り」
滅多に使わない痛烈な皮肉。
シリウスが殺気立った凄絶な表情で黙り込む。
いつも傍にいたい。だが実際問題それは無理だ。
素直に怒りに満ちる君を眩しく愛しく思う。
だからこそ、自制を身につけて欲しい。
君の怒りはとても尊いけれど、それが君自身の為にならない事もある。
僕といる時ならば、どんな怒りや癇癪をぶつけてもかまわない。
…万一僕がいなくなったら誰がそんな君を護るんだ?
(5)どこにも行くな
君は最初から浮世離れしてた。
誰がつけたか凍てついたピュアブラッド。
作り物の様な完璧な美貌と鉄壁の無表情で、あれはクールを軽く通り越しフローズンだと評された。
溶けた氷の下には身を焦がさずにはいられない炎があって、例え目を焼かれても直視し続けてしまう絶大な引力の目映い光に満ちていた。
全天で最も強く輝く、その名と同じ恒星の様に。
今君は、家という檻から開放され学校という枠からも抜け、美しく強靭な身体に気高い魂を宿らせ闇をも操る魔力を纏い、何者にもとらわれず自由の最中にある。
まさしく僕が思い描く理想の姿だ。
君を縛るものは何もない。この僕の矮小な想い以外は。
一所に留まるなんて出来ない君を、どうしたら僕の隣りに止め置けるのか。
糸が切れた凧の様に気紛れに飛び回る君を、いかに僕に繋げておけるのか。
シリウス・ブラックという存在は少々規格外過ぎて、現実味に欠ける。
確かに掴んだと思っても、次の瞬間には手をすり抜けて空の彼方なんて事もしばしば。
そして呆然とぬくもりだけが残る指先を見るのだ。
お前が一番安らぐのは僕の傍だといい。
家族を持たないお前の帰る場所が僕だといい。
囁く愛が絆の証になるのなら、咽が嗄れるまで君の名を呼び続けよう。
身体を重ねる事で心まで重ねられるなら、醜い欲望さえうつくしく思う。
未熟な僕はこんな方法しか知らない。
永久の友誼を結ぶ為なら、決して途切れない絆を持つ為なら、何だってするのに。
ああシリウス。
気が狂いそうなほど僕は君とつながっていたい。
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